
序)夜番の焚火の真ん中に
・主の使いは「近寄って」きて、焚火が火の柱に変わり、車座に座っていた羊飼いを周り照らした。
1)「非常に恐れた」羊飼いたちに「大きな喜び」を告げる御使い
・10 節は「恐れることはない」の後に「なぜなら」という言葉が隠れている。理由の第一は「見なさい」であり、それは御使いの顔である。
・「告げ知らせる」と訳されているのが、ユーアンゲリゾマイ(福音する…良い知らせを伝えるために使者を遣わし、これを受け取って祝宴を設けること:ここでは天の万軍の賛美)である。
2)羊飼いの恐れと驚きの理由
・御使いと超越的な火の柱は、聖なる神の臨在を示す。羊飼いたちは、神に親しみよりも恐れを感じていた。
・羊飼いは、当時の宗教家から「罪深い人々」と呼ばれ、職業柄から疎んじられ、人の数に入れてもらえない存在。羊飼いも自らその低い自己価値を受け入れていたようだ。
・「この民全体に与えられる」とは、羊飼いたちが民の代表であることを意味する。この一連の出来事により、クリスマスの意味が見えてくる。
3)すべての人に必要な救い主
・クリスマスの福音から除外される人は誰一人いない!自分の存在を喜べない人にも、クリスマスの福音は届けられている。
・救いとは、聖なる神様と結び合わされる(神様と仲よしになる)道を開くことにより「恐れ」を「喜び」に塗り替えること。
・この神と親しくなることができれば、どんなことが起ころうと幸せに生きていくことができる。聖なる神にすべてがあり、この方が本当のいのち。
・この神を怖がり、神のいのちから離れてしまうと、ゆとりを失い、この世の荒波に溺れて生きるようになる。
・神を恐れるのは、そこに「負い目」を感じるゆえではないか。傷つき傷つけあう世界で、神の前に「負い目」をもつ私たち。そこから生まれる恐れを上書きする喜びをもたらす方こそ、飼い葉桶に寝ているみどりごである。
結)喜ばずにはいられない!
・もし衛生的な王宮にイエスが生まれていたら、誰もが会うことは叶わない。しかし自分に条件をつけなければ誰でも出会える!
・私たちは、喜びの焚火を絶やさず、夜明けを待つ者たちであろう!