
耳で観る展覧会へようこそ。北斎《凱風快晴(赤富士)》は、形を削ぎ落とし、大きな赤い面と薄い雲、冷たい藍だけで朝の時間を立ち上げる一枚です。導入ではサイズ・媒体・主調を簡潔に、つづいて裾野→稜線→雲→空へと視線を誘導。細部では、斜面を染めるぼかし摺りの濃淡、樹海を示す点の集合がつくる“ざらり”とした手触り、赤の上昇ベクトルと雲の水平ベクトルが刻むリズムを言語化します。空の深い藍はベロ藍(プルシアン・ブルー)の発色。朝の乾いた空気と南風の条件で現れる“赤富士”という現象を、記号ではなく現象として提示します。名所絵でありながら、色面と構成の実験としても読める複数解釈を提示。終盤は10秒の無音で、あなた自身の“朝の温度”を確かめる時間を用意しました。
出典:葛飾北斎《凱風快晴(赤富士)》天保初期(1830–1832頃)/木版多色摺(錦絵・大判)/約25×38cm前後/各館所蔵(例:メトロポリタン美術館、東京国立博物館)。