
耳で観る展覧会へようこそ。等伯《松林図屏風》は、濃い墨の幹、点と細線の針葉、そして何も描かれない霧で成る気配の絵です。導入ではサイズ・媒体・主調を簡潔に、つづいて手前の太幹→枝先の濃い葉塊→奥の淡い塊へと視線を誘導。細部では、かすれた筆致がつくる樹皮の肌(質感)、濃→淡と縦→斜めが生むゆっくりした呼吸(リズム)、紙の白を“残す”ことで立ち上がる光と距離(光)を言語化します。屏風という可動の建具に応じ、見る距離と角度で松の輪郭は現れては消える——永続(常緑)と無常(霧)を同居させた設計です。名所や物語を語らず、森の密度だけで世界を立ち上げるこの一双を、気配の絵/距離の実験/静謐の建築という複数解釈で紹介し、あなた自身の“霧の温度”を感じる時間を用意します。
出典:長谷川等伯《松林図屏風》安土桃山(16世紀末)/紙本墨画淡彩・六曲一双/各屏風 約156.8×356cm/東京国立博物館(国宝)。