来るべき方は、あなたでしょうか。それとも、ほかの方を待たなければなりませんか。
マタイによる福音書11章3節より
誰よりも先にイエス様が救い主であると指し示した、洗礼者ヨハネによる問いです。それを自分だけで解決したり、諦めたりせずに、イエス様に答えを求めました。私たちも、イエス様の誕生を待つこの待降節に、改めて、イエス様が私の救い主であるかどうかを問い直し、御言葉に聞きたいと思います。
◎録音日:2025年12月14日
◎聖 書:マタイによる福音書 11章2〜11節
◎説教題:「来るべき方の到来」
〜クリスマスに神の子と出会う〜
◎説教者:柏木 貴志 牧師
悔い改めよ、天の国は近づいた
マタイによる福音書3章2節より
日々の生活の中で、神様から離れている自分の姿を認め、神様の御言葉に聞き直しながら、イエス様のお誕生を祝うことができますように。
今回、マイクの調子が悪くノイズの除去の都合で聞きづらくなっています。AIでノイズ除去してもらったものです。
◎録音日:2025年12月7日 朝の説教
◎聖 書:マタイによる福音書 3章1〜12節
◎説教題:「荒れ野で叫ぶ者の声がする」
〜クリスマスに向かう道が敷かれる〜
◎説教者:柏木 貴志 牧師
悔い改めよ、天の国は近づいた
マタイによる福音書3章2節より
日々の生活の中で、神様から離れている自分の姿を認め、神様の御言葉に聞き直しながら、イエス様のお誕生を祝うことができますように。
今回、マイクの調子が悪くノイズの除去の都合で聞きづらくなっています。ご注意ください。
◎録音日:2025年12月7日
◎聖 書:マタイによる福音書 3章1〜12節
◎説教題:「荒れ野で叫ぶ者の声がする」
〜クリスマスに向かう道が敷かれる〜
◎説教者:柏木 貴志 牧師
主がこの人たちを助けられたので、信じて主に立ち帰った者の数は多かった。
使徒言行録11章21節
迫害から逃れた先々で、なお福音を語り続けた人々の働きが、今回の箇所に記されています。彼らは、これまで行ってきた方法に固執するのではなく、福音が相手に届くことを第一に考えて歩みました。
私たちもまた、相手にふさわしい言葉や方法を求めながら、イエス様の福音を伝えることができればと思います。
その働きを、主ご自身が導き、助けてくださると信じつつ。
◎録音日:2025年11月30日 朝の礼拝は
◎聖 書:使徒言行録11章19〜30節
◎説教題:「アンティオキアにあった教会」
〜初めてキリスト者と呼ばれた場所〜
◎説教者:柏木 貴志 牧師
あなたがたも同じことだ。自分に命じられたことをみな果たしたら、「わたしどもは取るに足りない僕です。しなければならないことをしただけです」と言いなさい。
使徒言行録17章10節
イエス様は私たちに、隣人に仕えるものとなるようにお命じになりました。私たちのために、十字架にかかってくださったイエス様にならって、主の僕として、隣人に仕えることができますように。
◎録音日:2025年11月23日
◎聖 書:ルカによる福音書17章7〜10節
◎説教題:「取るに足らないしもべとして」
〜聖餐に見る神の国の前味〜
◎説教者:大木 信 牧師(坂出飯山教会)
そのとき、わたしは、「ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなたがたは聖霊によって洗礼を受ける」と言っておられた主の言葉を思い出しました。
使徒言行録11章16節
聖霊なる神様のお働きは、神様の御言葉を人と結び合わせることです。
聖霊なる神様の自由なお働きを見て、ペトロもイエス様の御言葉を思い出し、異邦人にも聖霊なる神様のお働きがなされたことを理解しました。
その報告を聞いたエルサレムの教会の人たちは、異邦人にも福音が広がったことを神様に賛美しました。私たちも、神様が成し就げてくださった御業を驚き、喜び、賛美したいと思います。
◎録音日:2025年11月16日
◎聖 書:使徒言行録11章1〜18節
◎説教題:「神の言葉を思い出す」
〜神の言葉に事実が追いついていく〜
◎説教者:柏木 貴志 牧師
割礼を受けている信者で、ペトロと一緒に来た人は皆、聖霊の賜物が異邦人の上にも注がれるのを見て、大いに驚いた。
使徒言行録10章45節
聖霊なる神様の御業は自由です。私たちはその御業に驚きながら見て、感謝します。
今日も、神様が私たちに、どのような御業を示してくださるかを期待したいと思います。
◎録音日:2025年11月9日
◎聖 書:使徒言行録10章44〜48節
◎説教題:「一同の上に聖霊が降った」
〜人間の境界線を突き破る神の御力〜
◎説教者:柏木 貴志 牧師
イエスは言われた。「あなたに言っておく。七回どころか七の七十倍までも許しなさい。」
マタイによる福音書 18章22節
私たちは毎日、イエス様によって罪を赦されています。
私たちも、赦された者として、赦す者でありたいと思います。
◎録音日:2025年11月2日
◎聖 書:マタイによる福音書 18章21〜35節
◎説教題:「赦し」
〜赦しを与え、赦しを受ける〜
◎説教者:トビー デベット 宣教師
そこで、ペトロは口を開きこう言った。「神は人を分け隔てなさらないことが、よくわかりました。どんな国の人でも、神を畏れて正しいことを行う人は、神に受け入れられるのです。」
使徒言行録10章34、35節
ペトロはその時まで、ユダヤ人だけが救われると思っていました。
しかし、ローマの兵士コルネリウスに招かれて、神様が分け隔てなさらない方であることがわかったと語ります。
神様が分け隔てなさらない方であることは、旧約聖書にも書かれていましたが、このときペトロはその御言葉の意味を実感して、考えを改めました。
聖書の御言葉によって絶えず改革され続けることは、教会が目指す姿でもあります。
私たちの教会も、聖書により常に自己を改革し続ける教会でありたいと思います。
◎録音日:2025年10月26日
◎聖 書:使徒言行録 10章34〜43節
◎説教題:「神は人を分け隔てなさらない」
〜福音が突破する境界線〜
◎説教者:柏木 貴志 牧師
だから、今それをやり遂げなさい。進んで実行しようと思った通りに、自分が持っているものでやり遂げることです。
コリントの信徒への手紙二 8章11節
献金は、強制されて行うものではなく、神様への感謝から自発的に捧げるものです。私たちも、それぞれに与えられた恵みの中から献げます。献金の意味を正しく受け止めて、感謝しつつ、喜んで神様に献げることができますように。
◎録音日:2025年10月19日
◎聖 書:コリントの信徒への手紙二 8章8〜15節
◎説教題:「献げることの祝福」
〜分に応じて喜んで捧げる〜
◎説教者:佐々木 稔 教師
また、わたしたちの期待以上に、彼らはまず主に、次いで、神の御心にそってわたしたちにも自分自身を献げたので、わたしたちはテトスに、この慈善の業をあなたがたの間で始めたからには、やり遂げるようにと勧めました。
コリントの信徒への手紙二 8章5〜6節
パウロは、経済的に困難な状況にありながらも、心から献金をささげた人々について語ります。
その献げ物は、義務や強制によるものではなく、神の恵みに対する「感謝」と「献身」のしるしとして捧げられたものでした。
私たちも、神様に喜ばれる献げ方とは何かを、共に聖書から聞きたいと思います。
◎録音日:2025年10月12日
◎聖 書:コリントの信徒への手紙二 8章1〜7節
◎説教題:「喜んで捧げる」
〜喜んで捧げる献金の祝福〜
◎説教者:佐々木 稔 教師
わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるように与えるのではない。心を騒がせるな。おびえるな。
ヨハネによる福音書14章27節
イエス様は、十字架にかかられる前の最後の晩餐の席で、ご自身が十字架の死を経て復活し、再び弟子たちのもとに戻られること、そして聖霊なる神がイエス様の語られたことを思い起こさせてくださることを約束されました。そのしるしとして、イエス様は「平和(シャローム)」を弟子たちに残されました。
このイエス様の平和によって、私たちも、恐れずに歩むことができます。
◎録音日:2025年10月5日
◎聖 書:ヨハネによる福音書14章25〜31節
◎説教題:「平和を残す」
〜神の子は去り、また戻ってくる〜
◎説教者:柏木 貴志 牧師
すると、ある律法の専門家が立ち上がり、イエスを試そうとして言った。「先生、何をしたら、永遠の命を受け継ぐことができるでしょうか。」
ルカによる福音書10章25節
この問いかけに対して、聖書は「何かをすることによって永遠の命を得られるわけではない」と教えています。永遠の命は人の行いによるのではなく、神の恵みによって与えられるものです。善いサマリア人の物語が示すように、主ご自身が私たちに思いがけない助けと救いを与えてくださいます。その恵みに感謝しつつ、神からの救いを喜んで日々を歩みたいと思います。
◎録音日:2025年9月28日
◎聖 書:ルカによる福音書10章25〜37節
◎説教題:「聖書に書いてある最も大切な掟」
〜神は祈り続けたものを教会へと招き、活かす〜
◎説教者:柏木 貴志 牧師
ですから、あなたがたに手紙を送ったのは、不義を行った者のためでも、その被害者のためでもなく、わたしたちに対するあなたがたの熱心を、神の御前であなたがたに明らかにするためでした。
コリントの信徒への手紙二 7章12節
パウロが悔い改めを促す手紙を書いたのは、ただ問題を指摘するためではなく、コリントの信徒たちが信仰に立ち返り、神の前に熱心に歩むことを願ったからでした。その歩みの中でこそ、救いと祝福、そして生きる力が与えられるのです。私たちもまた、聖書の御言葉に従って歩み、その恵みを受け取りたいと願います。
◎録音日:2025年9月21日 朝の説教
◎聖 書:コリントの信徒への手紙二 7章2〜13a節
◎説教題:「力づけてくださる神」
〜使徒たちとの結びつきにある真の教会〜
◎説教者:佐々木 稔 教師
立って下に行き、ためらわないで一緒に出発しなさい。わたしがあの者たちをよこしたのだ。
使徒言行録10章20節
ここで「ためらう」と訳されている言葉には、「差別する」「区別する」という意味も含まれています。神様は、人を分け隔てすることなく、同じ人間として共に生きるようにと私たちを招いておられます。
このとき、ペトロがためらわずに従ったからこそ、イエス様の福音はユダヤ人だけでなく、すべての人へと広がっていきました。そしてその恵みは、時を越えて、今の私たちにまで届けられているのです。
◎録音日:2025年9月14日
◎聖 書:使徒言行録10章17〜33節
◎説教題:「違う歩みをしてきた者らが出会う」
〜神は祈り続けたものを教会へと招き、活かす〜
◎説教者:柏木 貴志 牧師
わたしの掟を受け入れ、それを守る人は、わたしを愛する者である。わたしを愛する人は、わたしの父に愛される。わたしもその人を愛して、その人にわたし自身を表す。
ヨハネによる福音書14章21節
イエス様は「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」と命じられました。私たちはその掟を守れないことに痛みを覚えながらも、それでも掟を手放さず、歩み続けるように招かれています。神様は、イエス様の掟にとどまろうとする人を確かに愛し、支えてくださいます。
◎録音日:2025年9月7日
◎聖 書:ヨハネによる福音書14章15〜24節
◎説教題:「わたしを愛する人は、わたしの言葉を守る」
◎説教者:柏木 貴志 牧師
神が清めたものを、清くないと言ってはならない。
使徒言行録10章15節より
復活されたイエス様は「すべての民をわたしの弟子にしなさい」と命じられました。そこには、私たちが思い描く「弟子の姿」とは違う行動や考え方をもつ人も含まれています。そのような人であっても、イエス様は弟子として招いておられます。私たちもその招きを覚えながら、神様が造られた広い世界へと、そのようなにも隣人として仕えることができるよう、勇気をもって踏み出していきたいと思います。
◎録音日:2025年8月31日
◎聖 書:使徒言行録9章32〜43節
◎説教題:「起きなさい」
〜神のみ前に、目を覚まし、立ち上がることとは〜
◎説教者:柏木 貴志 牧師
リダとシャロンに住む人は皆アイネアを見て、主に立ち帰った。
使徒言行録9章35節
この箇所ではリダに住む、8年間体を思うように動かせなかったアイネアという人が出てきます。人々が主に立ち返ったのは、アイネアが癒されたからではなく、アイネアが、動けるようになってすぐに、周りの人に仕え始めたからです。私たちはイエス様により罪から救われました。救われたものとして、私たちは周りの人たちに仕えることができているかと改めて考えさせられます。隣人に仕え、互いに愛し合うことができますように私たちを助けてくださいと祈ります。
◎録音日:2025年8月24日
◎聖 書:使徒言行録9章32〜43節
◎説教題:「起きなさい」
〜神のみ前に、目を覚まし、立ち上がることとは〜
◎説教者:柏木 貴志 牧師
わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。
ヨハネによる福音書14章16節
ここには、イエス様がこの世を去られる代わりに、聖霊を弁護者として与えてくださるという約束が記されています。聖霊なる神の働きによって、私たちはイエス様の「互いに愛し合いなさい」という掟に生きる者へと変えられていくのです。
◎録音日:2025年8月17日 朝の礼拝は
◎聖 書:ヨハネによる福音書14章15〜17節
◎説教題:「真理の霊」
〜神が永遠に共にあるとはいかにしてか〜
◎説教者:柏木 貴志 牧師
わたしが父の内におり、父がわたしの内におられると、わたしが言うのを信じなさい。もしそれを信じないなら、業そのものによって信じなさい。
ヨハネによる福音書14章11節
信じることのできない私たちに、イエス様は「信じなさい」と繰り返し招いてくださっています。
私たちは、礼拝の度に十字架の前に立ち、私たちのために命を捧げてくださったイエス様の御業を覚えます。
◎録音日:2025年8月10日 朝の説教
◎聖 書:ヨハネによる福音書14章8〜14節
◎説教題:「信じられない者が招かれている」
〜信じられないことから始まる神への信仰〜
◎説教者:柏木 貴志 牧師
ChatGPTに説教を要約してもらいました。要約では抜けてしまう聴いてもらいたい言葉があります。ぜひ音声でお聞きください。
ChatGPTでの要約
この説教は、ヨハネによる福音書14章と詩編25編を通して、
「信じられない私たちが、なお神の愛に招かれている」という核心に迫ります。
弟子たちは最後の晩餐の席で、互いをも自分自身をも信じられず、
裏切りや弱さの只中にいました。
そんな中でイエスは「信じなさい」と繰り返し語り、
自らの十字架という“神の愛のしるし”へと目を向けさせます。
信じたいのに信じられない。
そんな私たちのためにこそ、神は御子を差し出された――。
十字架は、私たちを裁くためではなく、愛を見せるためにあります。
やがて復活と昇天を経て、聖霊がくだり、
弱い弟子たちは「もっと大きな業」を行う者へと変えられます。
信じられなさを抱えたまま、それでも前へ進む。
そこに神の力が働くのです。
このメッセージは、「信仰が足りない」と悩む人にこそ、深い慰めと新しい一歩の力を与えてくれるでしょう。