発達障害診断と不登校。
見方によっては不幸です。
でも今の私はそれを幸福と思っています。
得意で楽しいことは人によって違います。
自分が得意なことは、誰かにとっての苦手だったりします。
じゃあ苦手な人のために得意なことをやりあったら、お互い楽だし気持ちいいし無駄がないのでは…?と、思うのですよね。
あれ?もう年末?
1年経つの、早すぎない?と思ったそこのあなた。それはもしかしてそこの時空が歪んでいるのかもしれません。
少数派は肩身が狭いです。
でも、それって、陰に隠れてびくびくしながら生きてるせいなのかもしれません。
堂々と表に出てみたら、案外少数派ではないのかもしれませんよ。
頑張っても変わらないことはあるし、それを変えようとするのはとても疲れることです。
意固地になってポキっと折れちゃうぐらいならしなやかに受け流して生きるのも大切なのかなーと、そんな話であって、話の主題にしてる件はさほど問題にはしてないです。
あくまでこれは、我が家でのたった一つの事例です。ただ、いつからか見るものが変わっていて、いつからだろう?と考えたらやっぱり割り切ってからだなーと思っています。
それでも、もし嫌な気持ちになった方がいたら申し訳ないです。
こういうときこうなることが当たり前…そういう物事ってすごく色々あるけれど、本当にその当たり前って全ての人に優しいんでしょうか。
見直さなければいけない当たり前がもしあるのなら、違和感は声に出していきたいなと思って今回の放送を録ってみました。
エッセイ漫画を描いたものの伝えたかったメッセージと真逆に受け止められまくって悔しかった時のことを話しています。
後、これを修正して上げた時のお話、明日に続きます
「チ。〜地球の運動について〜」
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こちらの本を読んで思ったことを書いてます
自分の中で、これをやってはいけないと思い込んでいることはありませんか?
そういうこと一つ一つに、誰かから「してもいいよ」と言ってもらえることで楽になれることってあるよ、そんな話をしています。
顔が良く生まれてきた人って、得なこと多いんだろうなぁと僻んでしまうこと、私はよくありました。
でも私にも、生まれ持って他の人が持ってないもの持ってたよね。って思ったら、それはひとりひとり違う下駄を履かせてもらってるってことなんだろうなって。
下駄を自覚して活かして生きられたら、40代くらいになったころには生き方に差が出るのかもしれないな、と思います。
お母さんが笑ってないと子どもたちは笑えない…
そんな話をよく聞きます。そんな精神状態じゃないのに、なんでそんなことまで全部背負わせられなきゃいけないんだと、昔の私は思ってました。
でも『まずあなたが笑ってください』って、言われて辛い言葉なんでしょうか。笑うことって辛いことでしょうか。
幸せになっていい、楽になっていい。
じゃあ遠慮なくまず私が幸せになりますね!!!っていっちゃっていいんじやないかなぁと、そんな話です
SNSで通りすがりに読んだ話なので信憑性はまったくないんですが、なんか妙に納得しちゃったなというお話です。
生まれ持ってそうなら、もうそこをどうにかしようとしても仕方なくね?と
歯が痛いのに虫歯じゃない、そんな人がいたら私と同じ原因【食いしばり】かもしれません。
夜寝るときのおまじない含めて、聞いてみてくださいね。
不登校の子を連れて出歩くと、たまに「学校はどうしたの?」と聞かれることがあります。
相手はなんてことなく聞いてきているんだと思うのですが、聞かれる私は地味にストレス…
そんなとき、どう返したらいいのか。
それについて話してみました。
あなたのことが好きです
あなたのことが嫌いです
どちらを言われたら辛いかと言われたら、大抵は後者のはずです。
しかし…あまりに行き過ぎた『好き』は、好きなんだからいいよね?好きなんだから許されるよね?みたいな怖さがあるなと私は思っています。
本当に嫌いな人の場合は好きとは違ってわざわざ付きまとって嫌いを言い続けずに離れていきますしね…
子どもが『自分は学校へ行ってないから自分は悪い子だ』と思ってしまうことがあるとしたら、それは『学校へ行くのは良いこと』という価値観があって、学校に行っている子が沢山いるから生まれてしまう思いだと思います。
そうやって、できている誰かと比べてできない自分が劣っていると感じてしまうことってあるけど、別に出来ていることが本当に素晴らしいこととは断言出来ないんじゃないかな?と私は思っています。
自閉傾向のある人は、人と目を合わせない…という話があります。
私もあまり人と目を合わせるのが得意な方ではありません。それは世界の見方が違うかららしい。そんな話です。
うちの娘はずーっと不登校と登校を繰り返してるんですが、1年生の頃の学校側の態度と、いまの学校側の態度って明らかに違うんですよね。
で、自分の【不登校】というものに対する心持ちも明らかに違うんです。
学校が変わったのは、もしかして自分の世界の見方が変わったからなのではないか…?
世界の見方が変わっただけで世界の方も変わるのかもしれない。そんな話です。