今日の論語は、述而篇 第五章。
「子曰く、甚だしいかな、吾が衰えたるや。久しきかな、吾復た周公を見ず。」
孔子は、自分が年老いて衰えてきたことを嘆き、理想の指導者である周公を懐かしんでいる様子を述べています。
今日の論語は、述而篇 第四章。
「子の燕居するや、申申如たり、夭夭如たり。」
孔子先生がリラックスしているときの様子は、穏やかで落ち着いていて、楽しげで生き生きとしているというお話です。
今日の論語は、述而篇 第三章。
「子曰く、徳の修まらざる、学の講ぜざる、義を聞きて移る能わず、不善を改むる能わざる、是れ吾が憂いなり。」
孔子が自身の心配事を述べた章です。彼は、自らの徳を磨けず、学問を深められず、正しい道を聞いても従うことができず、悪いことを改められないことを憂慮しています。これは、私たちが成長するために大切なことを示しています。
今日の論語は、述而篇 第二章。
「子曰く。黙してこれを識し、学びて厭わず、人に誨えて倦まず、何か我に有らんや。」
静かに考えを蓄え、学び続け、教えることを楽しむ姿勢が大切です。
ロボシがこの章を分かりやすく解説しますよ!学びの大切さと人に教える楽しさを一緒に考えてみましょう。
今日の論語は、述而篇 第一章。
「子曰く。述べて作らず。信じて古を好む。窃かに我を老彭に比す。」
孔子は、自ら新しいことを創造するのではなく、古代の知恵を大切にし、それを伝えることを重視している姿勢を示しています。彼は、自分を古代の賢者に例えて、伝統への深い敬意を表しています。
今日は、雍也篇を振り返ります。
雍也篇とは、孔子とその弟子たちの会話を通じて、徳と学びの重要性、人間関係の在り方について考察する篇です。この篇では、孔子の哲学の一端が垣間見え、多くの教訓が詰まっています。
ロボシと一緒に、雍也篇の学びを再確認しましょう。これまでの章を振り返り、日常に活かせる知恵を一緒に見つけましょう!
今日の論語は、雍也篇 第三十章。
「子貢曰く、如し能く博く民に施して能く衆を斉わば何如。仁と謂うべきか。子曰く、何ぞ仁を事とせん、必ずや聖か。尭・舜もそれ猶諸を病めり。それ仁者は己を立てんと欲して人を立たしめ、己達せんと欲して人を達せしむ。能く近く譬えを取る。仁の方と謂うべきのみ。」
他人を助け、共に成長すること、それが仁の道である。
今日の論語は、雍也篇 第二十九章。
「子曰く、中庸の徳たる、それ至れるかな。民鮮なきこと久し。」
中庸の徳は最高のものだけれど、それを持っている人はとても少ないということです。
今日の論語は、雍也篇 第二十八章。
「子、南子を見る。子路悦ばず。夫子これに誓いて曰く、予、否むところの者は、天これを厭てん、天これを厭てん。」
孔子が南子に会ったことを子路が喜ばなかったが、孔子は「天が許さないようなことはしない」と子路に説明したお話です。
今日の論語は、雍也篇 第二十七章。
子曰く、君子博く文を学びて、これを約するに礼を以てすれば、亦以て畔かざるべし。
君子は幅広く学問を学び、それを礼に基づいてまとめれば、道から外れることはないという教えです。
今日の論語は、雍也篇 第二十六章。
「宰我(さいが)、問いて曰く、仁者はこれに告ぐるに井(せい)に仁ありと曰うと雖(いえど)も、それこれに従わんか。子曰く、何為(なんす)れぞそれ然(しか)らんや。君子は逝(ゆ)かしむべきなり、陥(おとしい)らしむべからざるなり。欺(あざむ)くべきなり、罔(あや)うしことあるべからざるなり。」
宰我が「井戸に仁があると言われれば仁者は井戸に飛び込むのか」と問うと、孔子は「君子はそのようにしてはならず、誤った道には陥らない」と答えます。
この章では、君子たる者は他人に流されず、自分の判断力を持つべきだという教えを説いています。
今日の論語は、雍也篇 第二十五章。
「子曰く、觚(こ)、觚ならず、觚ならんや、觚ならんや。」
この章では、孔子が「觚」という器がその本来の形を失っていることに疑問を投げかけています。これは、物事が本来の姿を保つことの重要性を教えてくれる一節です。ロボシがこの問いの深い意味を楽しく解説していきます!
今日の論語は、雍也篇 第二十四章。
「子曰く、斉、一変せば魯に至り、魯、一変せば道に至らん。」
孔子は、斉国が変われば魯国に近づき、魯国が変われば理想の道に近づくと語っています。変革の重要性について考えてみましょう。
今日の論語は、雍也篇 第二十三章。
「子曰く、知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ。知者は動き、仁者は静かなり。知者は楽しみ、仁者は寿し。」
智慧ある人は変化を好んで水のように動き、仁徳ある人は安定を重んじて山のように静かに暮らすという教えです。
今日の論語は、雍也篇 第二十二章。
樊遅(はんち)、知を問う。子曰く、民の義を務め、鬼神を敬して遠ざく、知と謂うべし。仁を問う。子曰く、仁者は先ず難んで後に獲る、仁と謂うべし。
樊遅が知恵と仁について問い、孔子がそれぞれの道を示す。知恵は人々の義を重んじ、仁は困難を先にして成果を得ることから始まると教える章です。
今日の論語は、雍也篇 第二十一章。
子曰く、中人(ちゅうじん)より以上には、以て上(かみ)を語るべく、中人より以下には、以て上を語るべからず。
孔子は、「能力のある人には高尚な話ができるが、そうでない人には難しい話はできない」と教えています。ここでは、人を理解する力の大切さについて考えてみましょう。
今日の論語は、雍也篇 第二十章。
「子曰く、これを知る者はこれを好む者に如かず、これを好む者はこれを楽しむ者に如かず。」
何かを知っているだけではなく、それを好きになり、さらに楽しむことが大切だと孔子は教えています。知識を超えて、心から楽しむことが真の理解を生むのです。
今日の論語は、雍也篇 第十九章。
「子曰く、人の生くるや直し、これ罔くして生くるや幸いにして免る。」
この章では、正直な生き方をすることが本来の人の道であり、誤った道を進んで一時的に危機を逃れたとしても、それは真の幸せではないと説かれています。正々堂々と生きることの大切さを一緒に考えてみましょう。
今日の論語は、雍也篇 第十八章。
子曰く、質、文に勝るときは則ち野、文、質に勝るときは則ち史、文質彬彬として然して後君子なり。
質(じつ)と文(ぶん)のバランスを大切にすることが、真の君子と言えるのです。どちらかが過ぎると、粗野や形式ばっただけになってしまいます。
今日の論語は、雍也篇 第十七章。
子曰く、誰か能く出ずるに戸に由らざらん、何ぞ斯の道に由る莫き。
孔子は、「誰もが家から出るためには戸を通る。道を進むためにも適切な方法があるはずだ」と述べています。この章では、目的を達成するためには正しい手段を選ぶことの重要性を示しています。私たちも、日常生活の中で適切な方法を見つけ、賢く行動することが大切ですね。