
シリーズ「ヴィーガンになるべきか」の最終回! 徳倫理は肉の購入をどう評価するのか!
今回は動物性食品を購入することはよいのか、悪いのかを徳倫理の観点から考えます。
#24-2では倫理学の三大理論から工場畜産を評価し、どの理論からも「工場畜産は悪い」と言えることを学びました。
では工場畜産で作られた肉を購入することも悪いと言えるのか?
今回は徳倫理から考えます! 理想の人間像という、功利主義・権利論とは異なる観点からのアプローチ🧘♂️ みなさん一緒に自己吟味していきましょう!
※工場畜産について 👉 #24-1「その卵の生産過程を知っていますか?ー工場畜産の現状」
※徳倫理について 👉 #24-2「三大理論を学んで工場畜産を評価してみよう」
三大理論についてまとめたブログ記事を我々(AS - 動物と倫理と哲学のメディア)のサイトで後日公開予定です。
ご活用ください!
https://animotethics.com/blogs
参考ブログ:
「あなた1人だけがヴィーガンになっても無意味なのか?——菜食を巡る個人消費の影響と倫理的実践」https://animotethics.com/blogs/is-it-meaningless-if-only-you-become-a-vegan
「動物製品の購入・消費の倫理(Fischer 2021 ch.7 後半)」
参考文献:
Stanford Encyclopedia of Philosophy, Moral Vegetarianism, "4. From Production to Consumption"https://plato.stanford.edu/entries/vegetarianism/#ProdCons
浅野 幸治, 菜食主義の因果的無効果問題と超過証明問題, 豊田工業大学ディスカッション・ペーパー, 2024, 31 巻, p. 55-77https://www.jstage.jst.go.jp/article/ttidiscussionpaper/31/0/31_55/_article/-char/ja/
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徳倫理に希望を託して / 功利主義・権利論にはなかった視点 =「わたしはどういう人間でありたいか」/ 結論は個人の描く理想の人間像次第? / 「ヴィーガンになるべき」を導くには何ステップか必要 / 肉を食べてしまうことはあるけど自分が残酷だとは思わない / 屠殺を他人に任せる悪徳・狩猟の徳? / 有徳な人物なら他人にも働きかけるか / 自己吟味といっても一定の制約がある / 複雑なものを複雑なまま説明するのが徳倫理 / ヴィーガンの自己説明に役立つ / 結局は「工場畜産の現実を知ったわたしはどう生きていくべきなのか」 / 「消費が悪くない」と言えるような議論をしていていいのか?