
0回のモヤモヤを解いていく回。私たちは「歴史は複雑で体験は多様だから」「加害者でもあり被害者でもある」といったような言説に陥らないで複雑な戦争/植民地経験を扱えるでしょうか。平和教育的に「加担」を考えること、そして植民地支配の評価だけでは「親日」を判断しきれないこと。あねペンのおばあちゃんをどう見ればいいのかという究極な問い、皆さんと一緒に考えたいところです。
(0:16) 男性同性愛関係の従軍体験、特に日本兵の証言はやはり少なかったかな?
(3:59) 証言は多様のほうが良い、平和教育的に考えたい「加担」の体験
(11:12) ゲイの自分が慰安所に並ぶ列にいたとしたら、を考えてみたことがやはりあった
(13:26) 抵抗の可能性と限界、そしてそれを可能にした条件を考える
(19:37) 「日本は台湾に悪いことしましたごめんなさい」への違和感を再び考えてみる
(22:58) 私のおばあちゃん、「親日」でいいのか?
(30:09) 勝手に一部だけに関心を持って勝手に謝るという家父長制