初めてのゲスト・heeさんを迎えました!在日朝鮮人として脱植民地を掲げて活動をしながら、クィアのアイデンティティを持つheeさん。在日コミュニティにおけるクィアのいづらさについて語ったら在日に対する差別・理解のなさにつながるでは? その葛藤の切実さを初めて言語化してくれました。
(2:22) 映画『在日』上映会と、在日史に女性・クィアの視点を加えるということ
(7:00) 在日コミュニティの中のクィアについて語る時の葛藤
(11:20) 抑圧された民族・エスニックグループが過剰に女性・セクマイ差別だと批判される
(17:30) どこかで「やっぱり在日だから」と思われるのを恐れている自分がいる
日本の中で教育の中そもそも「植民」は遠い昔の別の国がしたことと扱われてきたかもしれない?「植民地主義」と自分のマイノリティ性をつなげて考えるタイミングとはなんなのか。ココア回の後半は、東大遺骨返還プロジェクトにも関わるきっかけから植民地主義への思考プロセスについて語り合います。
(0:14) 「北海道」も「沖縄」も植民地にされた、という意識が生まれたタイミングとは
(10:32) 問題に対して簡単に目を瞑れるのが植民者
(14:53) 教育のなかで「植民地」がわかりにくくて遠い国のこととされてきた
(22:00) 中国語を練習する日本兵のプロパガンダ絵葉書をどう見たか
(24:38) 「自分たちのことが学べない」への違和感から仲間とつながる
待ちわびたココア回をお届けします!関東大震災の朝鮮人・中国人虐殺の歴史を伝える活動にどういう経緯で出会い、そこでなにを感じどう自分につなげて考えたのでしょうか。民族/エスニシティ、そしてクィアの存在そのものが脅かされた歴史に向き合うことを考えていきます。
(0:30) ほうせんかを訪れてみたら、いつのまにかコアメンバーに
(7:55) 勉強してこなかった、なかったことにされそうな関東大震災の朝鮮人・中国人虐殺
(14:53) 印象的な証言、多様な境遇の人々が被害に遭っていた(*証言者の名前:慎昌範さん)
(19:18) 民族/エスニシティとセクシュアリティの間、属性で殺されるかもしれない私たち
(25:00) 迫害を認めてもらうまで訴え続ける
*ココアがてきとうに話していたことのことを詳しく知りたい方はこの辺からどうぞ
・映画『ナチ刑法175条』:生存者が語る、同性愛者への過酷な迫害の歴史 https://lgbter.jp/noise/0275/
・ナチス時代の法で有罪となった同性愛者5万人、判決無効に ドイツ https://www.afpbb.com/articles/-/3133169
0回のモヤモヤを解いていく回。私たちは「歴史は複雑で体験は多様だから」「加害者でもあり被害者でもある」といったような言説に陥らないで複雑な戦争/植民地経験を扱えるでしょうか。平和教育的に「加担」を考えること、そして植民地支配の評価だけでは「親日」を判断しきれないこと。あねペンのおばあちゃんをどう見ればいいのかという究極な問い、皆さんと一緒に考えたいところです。
(0:16) 男性同性愛関係の従軍体験、特に日本兵の証言はやはり少なかったかな?
(3:59) 証言は多様のほうが良い、平和教育的に考えたい「加担」の体験
(11:12) ゲイの自分が慰安所に並ぶ列にいたとしたら、を考えてみたことがやはりあった
(13:26) 抵抗の可能性と限界、そしてそれを可能にした条件を考える
(19:37) 「日本は台湾に悪いことしましたごめんなさい」への違和感を再び考えてみる
(22:58) 私のおばあちゃん、「親日」でいいのか?
(30:09) 勝手に一部だけに関心を持って勝手に謝るという家父長制
1回目のゲストはまず、あねペン本人です!亜熱帯の島・台湾を発ち、沖縄で初めて沖縄戦を知り、そして米軍基地をめぐる台湾と沖縄との間の矛盾に気づく。自分自身が生まれ育った文脈から日本全体のアジア太平洋戦争に触れていく中で、どんな学びと苦悩があったでしょうか?未熟ながらも皆さんに共有したいことが色々あります。
(0:09) アジア太平洋戦争に関連する仕事とは?
(3:54) 沖縄留学を機に戦争の歴史や記憶に関心を持つ
(10:44) 米軍基地を必要とする台湾はもしかして、沖縄を犠牲にして自分たちの人権を守ろうとしている?
(13:28) 戦場の悲惨さよりも非常時の国家権力による暴力に注目する
(18:36) マイノリティ性による苦しみと戦争による苦しみの共通性
(19:40) 逆に異性愛家族を前提とした戦争体験が共感を妨げる時
(24:43) 当たり前だけど、聞き手の属性によって聞き取れる体験が変わってくる
*追記:台湾では民主化以降の政府が独裁政権下の人権侵害にどう謝罪、賠償するという「移行期的正義」が大きな課題になっています。「集団自決(強制集団死)」や日本軍による住民虐殺について責任を追及したい方が少なかったと言いたいわけでは決してなくて、沖縄に限らず、広い意味では受忍論も含め、戦時中の間違った政策や国家暴力に対して政府が国民に謝罪するかしないかがあまり中心的な議論になっていないことについて、台湾の文脈で考えると不思議に感じる、ということを言いたかったです。誤解を招くような話し方で大変失礼しました。
まさか前回30分間も話して80年に対する思いがほとんど出てこなかったとは。クィアの視点で戦争を見つめ直すことも一つの視点として重要ですが、そもそも「戦後」80年でいいのか、私たちの思考が戦争から現在に急に飛んでいないか、深掘りしていきたいことがまだまだたくさんあります!
(0:00) 30分も喋って80年が出てきていない
(1:28) AKIRA THE HUSTLER『売男日記』に描かれた日本兵、戦争の記憶にセクシャルマイノリティの視点は聞き取れられてきたか、そもそも聞き取れるか
(6:23 ) 結婚・子ども・孫と違う生き方の多いクィアと、一世代に止まらない80年という時間、もしかして相性が悪い? 戦争を語り継ぐ動機として次世代のためじゃないと弱い?
(9:57) 日本が戦争をした広い地域では戦争がそもそも終わっていない。「戦後」80年を捉え直す
(11:57) 「植民地時代のこと申し訳ありませんでした」と初対面の人に言われることに対する違和感
(14:30) 植民地の感覚とは?占領地も含め、それぞれの歴史の違いをどう受け止められるか
(18:31) 80年前にいきなり飛んでしまわないで、今ここに生きている人たちと繋がっている感覚、その間の時間を大切にしたい
運動に関わる理由として自分自身のマイノリティ性を挙げるのに躊躇するココアと、台湾の運動の世界では比較的当たり前だと思っていたあねペン。当事者ではなくルーツも持っていないマイノリティにクィアとして関心を持ち、関わっている自分たちの気持ちを振り返ります。そしてクィアの仲間がいろんな場で活動していることを広げていきたいですし、クィアの視点が反映されているかも考えていきたいところです。
(0:31) ココアの自己紹介:関東大震災朝鮮人・中国人虐殺を記憶する活動に関わって
(3:16) あねペンの自己紹介:ひまわり運動世代にとって当たり前のマイノリティ連帯
(7:30) そういうルーツじゃないのに百年前の虐殺について活動しているのはなんで?
(10:44) 自分自身のマイノリティ性は説明になっているようでなっていない?
(13:51) 活動の中で馴染んでいく連帯の必然性と加害/加担性への気づき
(18:07) 「マイノリティ同士だから」というより、「まずはマイノリティ同士が」連帯する
(20:23) 実はクィアの当事者がいろんなところで頑張っている