
1.論文のタイトルLead Poisoning
2.CitationN Engl J Med 2024;391:1621-31.
要約
鉛中毒は古くから知られる疾患ですが、20世紀にガソリン、塗料、水道管、はんだなどの産業利用が急増したことで、人類の曝露量は劇的に増加しました。1970年代以降、有鉛ガソリンの段階的廃止などの規制により、米国などでは血中鉛濃度が95%以上低下しましたが、現代人の体内鉛蓄積量は、産業革命以前の人類と比較していまだに10倍から100倍高い水準にあります。
鉛は主に吸入や経口摂取を通じて体内に取り込まれ、カルシウムや鉄などの必須ミネラルを模倣して細胞内に侵入します。成人の場合、吸収された鉛の約95%が骨に貯蔵され、更年期や甲状腺機能亢進症などで骨代謝が変化する際に血液中に再放出されます。近年の研究では、かつて安全と考えられていた極めて低い血中濃度であっても、深刻な健康被害を引き起こすことが判明しており、現在では安全な曝露レベルの閾値は存在しないと認識されています。
子供においては、低レベルの鉛曝露であっても早産のリスクを高め、IQの低下、注意欠陥・多動性障害(ADHD)、読解障害、さらには成人後の反社会的行動や犯罪率の上昇と関連していることが示されています。特にIQへの影響は、血中濃度が極めて低い段階で最も急激な低下が見られます。成人においては、鉛は酸化ストレスの増加や血管収縮を引き起こし、高血圧、動脈硬化、冠動脈疾患などの心血管疾患の主要なリスク要因となります。2019年には、世界中で550万人の心血管疾患による死亡が鉛曝露に起因すると推定されており、その経済的損失は世界全体の国内総生産(GDP)の7%に相当する6兆ドルに達しています。
治療としてキレート療法が用いられることもありますが、その効果については研究結果が一貫しておらず、特に子供の認知機能改善には寄与しないという報告もあります。そのため、鉛製の水道管の交換、航空燃料や弾薬における鉛使用の禁止、古い住宅の鉛塗料の除去、汚染された土壌の対策など、環境中の鉛供給源を根本から排除する公衆衛生上の予防戦略が不可欠です。