<ラジオネーム:上京係長(男性、40代)さん>田舎の工場から東京の本社に来て3か月、まだまったく慣れません。工場では、現場・現物が第一で、意見が対立することはあっても、同じモノを見ながらの議論なので納得感がありました。一方本社ではフワフワした抽象的なことについて延々と議論していることに、正直意味あるのか?と思ってしまいます。根回しや社内調整は工場にもありましたが、もっとシンプルなものでした。本社はどの役員とどの部長が仲が悪いからとか、人間関係も複雑で大変です。また通勤は満員電車でぐったり、ランチは高くてびっくり。単身赴任なので家に帰っても部屋で寝るだけ。休日も手持無沙汰でついつい仕事をしてしまっています。本社への異動は当初はワクワク感がありましたが、今では断ればよかったと、少し後悔しています。この先のキャリア、私はどうしていったらよいでしょうか。
<女性・30代前半・都内IT勤務>
今の会社には「フルリモート前提」で入社しました。その前提で群馬県の夫の実家近くに引っ越し、保育園の送迎をしつつ在宅で仕事をしていました。ところが今月から原則 週3日 出社が全社ルールとすると会社から通知されました。交通費は会社負担とのことですが、私の場合は片道2時間半かかるため朝5時起き、夜は延長保育の迎えにギリギリ。当初会社には約束が違うとフルリモート継続を主張しましたが、例外は作らないと却下されました。
もちろん出社には良い面もあって、対面での議論や、廊下での雑談から生まれる偶然の連携など、オンラインでは得られないものも確かにあります。仕事内容もメンバーも気に入っているので、単純に「辞めて他の会社に」とは考えられません。
できれば今の会社で働き続けたいので、そのためには私が頑張るしかないのか、また会社と交渉できるとしたらどんなことが提案できそうか、アドバイスをいただきたいです。
<男性・30代後半・会社員(商社勤務)>
休みの日に趣味で作った社内ツール「営業おたすけ箱」が、想像以上にウケました。社内公認のAIツールのエージェント機能を利用し、会社の価格表や在庫量、過去の提案書を読み込ませ、質問に答えると見積りと提案のたたき台が出てくる、そんな会社専用の便利ツールです。でも嬉しかったのは最初だけ。知らない間に社内で話題になり、「うちも使いたい」「うちの部署用にエージェント作って」と依頼が止まらず、深夜・休日対応に忙殺されるようになってしまいました。正直、やらなきゃよかったと何度も思いました。上司は「そのうちちゃんと体制を整えるから」と言ってくれますが、本気で取り組んでくれるのか、いつになるのかわかりません。ツールは会社に役立ってほしいし、引っ張りだこなのも悪い気はしません。でも、このままでは私の気力と体力の限界が先にきそうです。どうすればいいでしょうか?
<男性・50代後半・会社員(都内銀行勤務)>
正直、都会の暮らしにちょっと疲れてきました。通勤は満員電車、週末もどこへ行っても人だらけ。大学生の子どもが独立したら、夫婦で田舎に引っ越して、畑をやりながら静かに暮らしたいなと最近よく考えます。と言っても、農業についての知識はほとんどなく、実際にやったのは小学校のミニトマトくらいです。
妻はあまり乗り気じゃありません。「ご近所づきあいが大変そう」「虫と雪は無理」「収入はどうするの?」と心配ばかり。私は「まずは家庭菜園からでいいじゃない」と軽く言うのですが、妻は「勢いで決めて失敗したくない」といいます。
貯蓄はしてきたので、数年は無収入でも生活に支障はありませんが、年金受給まで持つかは微妙です。いざとなればアルバイトでもなんでもやって生活は支えていくつもりですが、妻の不安な気持ちはわかります。私はどうするべきでしょうか?
<男性・30代後半・商社勤務>収入は悪くないはずのに、貯金が増えません。都内に妻と2人暮らし・共働き。世帯年収は1500万円。家賃22万円、それに外食やタクシー、家事外注など支出が積み重なり、いつも月末に帳尻を合わせるのが恒例。二人とも老後のためにお金を貯めるという発想からは無縁で、稼ぎ続ければいいじゃんとこれまでは話してきました。年4回の旅行や週末の外食は2人の大切な時間で、ここを削ると関係の温度が下がりそうで怖い。一方で、私は30代後半に入り、体力的にもいつまで今の働き方を続けられるか分からないという不安が強くなり、少しずつでも貯めていったほうがいいのかなと最近は思い始めています。今の生活を維持しつつ、貯金をするというのは無理なのでしょうか?アドバイスをいただけると幸いです。
<30代後半・メーカー企画職>
半年前に設立されたメーカーの合弁会社、いわゆるジョイントベンチャーに勤務しています。親会社A(速さ重視)と親会社B(手順と記録重視)が作った会社で、私はA社からの出向社員で、現在バラバラの社内ルールを統合する仕事をしています。部品の呼び名、発注の流れ、検査の基準までAとBで全く違います。Aの現場では立ち話で方針が変わり、Bの設計は書面がないと動かない。そんな中、ルール統合は遅々として進まず、日々の会議では両社の違いから口論が発生し、その度に火消しに追われています。上司に相談しても「両社が納得する案で」と返され、権限は与えられないまま“調整だけ”が増えます。
今の仕事がうまくできるのかも不安ですが、さらに不安なのはこの先のキャリアです。合弁会社で成果を出すことができれば、社内で上のポストに就ける可能性はあると思いますが、正直ずっとこの合弁会社にいるよりは、親会社に戻ってもっとスケールの大きな仕事をしてみたいという思いが強いです。
目の前の調整業務をどのようなモチベーションで進めていけばいいのか、親会社に戻るというキャリア希望を叶えるために何ををすればいいのか、アドバイスをお願いします。
<女性・30代前半・プロダクトマーケティング職>
いわゆるメガベンチャーに勤めて5年。昨年は新機能の立ち上げを連投で担い、深夜対応や休日のユーザー取材もこなして燃え尽き気味でした。残業時間が急激に増えたこともあり、人事面談で「長時間労働を是正しよう」と合意し、今年は“業務時間内で成果を出す”方針に切り替えました。残業は月20時間以下、会議は出席必須のもの以外は辞退、Slack・メールは20時以降は翌朝返信に。KPI(リード創出・有料転換率)は計画比100~105%で達成しています。
ところが半期レビューで上長からは「最近、熱量が伝わらない」「スコープ外の貢献が薄い」と評価を落とされ、ボーナス係数も下がりました。会社としてはまだまだベンチャー気質で、スコープ外の提案や勉強会も“自発的”としつつ実際はやらないと評価されないがある状態。若手や他チームからも「最近ドライだよね」と言われます。
私は手を抜いているつもりはなく、むしろ集中して成果を出しています。ただ、境界線を引いた瞬間に、評価軸が“成果”から“熱量の演出”へとすり替わった感覚が拭えません。健康と私生活を守るための線引きが、キャリアの減点につながるなら、私は何を優先すべきでしょうか。このままやり過ごすのか、もう一度火を燃やすのか、あるいは環境を変えるのか、判断がつきません。
<男性・40代前半・小売チェーン店(エリアマネージャー)>
1年半社内恋愛で付き合っている10歳年下の彼女がいます。出会いは複数のエリアの担当が集まる研修で、当時は別店舗所属でしたが研修で意気投合し、お付き合いすることになりました。ところが最近の人事異動で、彼女が私の担当エリアに異動になり、直属の部下ではないものの、私が管理するエリア内の店舗に配属される形になりました。
公にはしていないものの、元々仲が良かったことは社内でも知られており、「やっぱりできてたんじゃないか」と噂が立ち始めています。彼女に対して公平に接しているつもりでも、他の社員から「あの人にだけ注意が甘くないですか?」「シフト希望、通りやすくないですか?」といった不満が出ていると聞きます。
一方で、彼女も上司である私と話しづらくなっており、職場では過剰に距離を取るようになっています。結果として、信頼していた部下や店長からの相談も減り、「私情で判断しているのでは」という空気に職場全体が包まれ始めているのを感じています。
恋愛とマネジメントは別だと信じてきましたが、現実は想像以上に繊細で複雑です。誰にも相談できず、公私のバランスを保てずに苦しくなっています。この関係を続けるには、どこかで何かを手放す必要があるのでしょうか。
<女性・30代前半・大学職員(学生支援)>私立大学の学生支援センターに勤務して8年目になります。窓口や個別相談を通じて、就職活動や学生生活、時には家庭やメンタルに関わる相談も受けています。学生が少しずつ変化していく姿を見るのが何よりのやりがいです。しかしここ数年、相談件数が急増し、しかも内容が複雑化しています。発達障害のある学生や、孤立感を訴える留学生、精神疾患の診断を受けている学生など、専門性が求められるケースが増えています。それでも現場には臨床心理士や医療との連携体制がなく、支援職の正職員は3名。日々、対応に追われています。職場には「残業してでも対応しなければ」という空気があり、相談が長引いて夜遅くまで帰れないことも多々あります。先輩職員たちは長年このやり方を続けてきた人ばかりで、「疲れた」「変えたい」と言い出せる雰囲気はありません。ふと自分自身のキャリアについて考えたとき、「私はこの先どう成長していくのか?」「このまま定年までここにいて、どんな支援者になるのか?」という問いが浮かびました。人の人生を支える仕事に就いているけれど、自分の人生にふと疑問を感じ、モヤモヤが募っています。
<男性・30代後半・元芸人・現在は営業職(保険会社)>高校卒業後すぐにお笑いの世界に入り、20代のほとんどを芸人として過ごしました。コンビで劇場に立ち続け、テレビのオーディションも受けてきましたが、30歳を前にコンビを解散。私は自分の才能に限界を感じ、踏ん切りをつけて芸人を辞めました。今は中堅の保険会社で営業職として働いて5年目になります。契約件数も安定し、上司や同僚にも「場を明るくしてくれる」と評価されています。けれど、ふとした雑談や、得意先で笑いがウケた瞬間、かつての“芸人としての自分”が顔を出します。そんな中、昔の相方がピン芸人としてテレビに出ているのを偶然見ました。「まだあいつは、ステージに立ってるのか」と思った瞬間、涙が出そうになりました。周囲には夢を追っていた過去を語っておらず、妻にも「安定した生活がいい」と言われています。夢を追うことと、現実を生きること。その間にある“諦めきれなさ”を、どう扱えばいいのか分からなくなっています。このまま営業としてキャリアを積んでいけば安定した未来があるのはわかりますが、心のどこかで「このまま終わっていいのか」という声が消えません。
<男性・20代後半・カフェ店長(地方在住)>
東京で5年間飲食業界に勤めたのち、地元にUターンして2年。実家近くの商店街にある古民家リノベーションカフェで、店長を任されています。オーナーは地域出身の40代女性で、「若い人にこの街の未来を作ってほしい」と言ってくれたことに心を打たれ、声をかけられる形で戻りました。
お客さんは地元の常連や観光客が中心で、顔なじみも増えてきた一方、スタッフはなかなか定着せず、週末のワンオペ対応が続くこともあります。SNS運用やメニュー開発も提案してきましたが、「まずは営業の安定が先」とオーナーにブレーキをかけられ、自分のやりたいことと日々の業務がすれ違い始めています。
最近、東京で働いていたお店のオーナーから、今度新しいお店を出すから店長を任せたい、店長になってくれたら運営は好きにやってくれていいと声をかけられました。地元に貢献したいという気持ちはありますが、現在のオーナーとは考え方が合わず、地元の人間関係にも少し疲れてきたところ。正直、東京の自由な空気が懐かしくなってきておりもう一度戻るのも選択しかも、と心が揺れています。私は一体どうしたらいいのでしょうか?
<男性・30代半ば・起業準備中(前職:大手人材会社)>
30代半ば、大手人材系企業で10年以上勤めたあと、「地域の中小企業と若者をつなぐキャリア支援事業」を立ち上げようと退職しました。会社員時代から温めていた構想で、地方の企業訪問や行政とのネットワークづくりなど、少しずつ動き始めています。
ただ、思っていた以上に「一人でやる」ことの重さを感じています。資金調達もままならず、ピッチイベントに出ても競合との差別化に悩み、フィードバックも抽象的でどう活かしていいのかわかりません。相談相手もなく、自宅で一人、プレゼン資料を作り直す日々です。
周囲の友人たちは、結婚・昇進・育児と社会的な安定を手に入れていて、飲み会に出るたび「で、ちゃんと食えてるの?」「まだ夢追ってるの?」と心配されるのがしんどくなってきました。家族からも「そろそろ正社員に戻ったら?」と心配されています。
本当は、「誰かの人生に伴走できるような仕事がしたい」という想いがあったはずなのに、気づけば見返したいとか成功しなきゃといった焦りばかりが募っています。今の自分が本当にやりたいことなのか、自信を持てずにいます。
<女性・20代後半・外資系コンサル> 外資系戦略コンサル企業でコンサルタントをしています。同年代と比べると高収入を得ていますし、コンサルタントとしてもクライアントや社内からも高評価を得ていると自負しています。周囲からは羨まれることも多いですが、実際の業務は毎日深夜までの資料作成と会議の繰り返しに正直疲れてしまい、いっそのことすべてを捨てて旅行に出かけたり、引きこもり生活でも送りたいと思ってしまいます。社内では誰も弱音を吐かず、「疲れてる」と言えば“甘え”と捉えられる文化があります。業務外での人間関係も薄く、忙しさから誘いを断っているうちに学生時代の友人とも疎遠になってしまいました。幼い頃から「成果を出すこと」が正解だった私にとって、何もしないこと、何も生み出さないことは罪であるように感じてしまい、今の境遇から逃れることは難しいです。何かいい方法はあるでしょうか。
<女性・30代前半・フリーランス(デザイナー)>広告代理店を辞めて独立し、フリーのグラフィックデザイナーとして活動して3年目になりますが、今後の身の振り方に悩んでいます。今は知人経由の紹介やクラウドソーシングで案件を受けていますが、クライアントによって報酬や扱いに大きな差があり、収入面もまだ安定はしません。やりとりは基本オンラインで、相手の顔も知らないまま納品する案件が多く、信頼関係を築きづらいこともつらさの一因かもしれません。営業や見積作成、契約確認などの業務も一人でこなしており、本業であるデザインに集中できないことも不満としてはあります。SNSでは同業の仲間が法人化したり、チームで制作したりと活躍の幅を広げており、自分だけ取り残されている気もしています。このまま個人で続けるか、組織化して拡大するか、あるいは会社員に戻るか。今、働き方の方向性に迷っています。何かアドバイスをお願いします。
<26歳、男性、食品メーカー勤務>食品メーカーの地方工場で品質管理の仕事をしています。入社して4年目。製造ラインのチェックやクレーム対応、不具合の再発防止など、現場には欠かせない仕事だと分かってはいるのですが、日々の業務はルーチン化していて、自分が成長できている実感がほとんどありません。上司は現場叩き上げの方で、「問題が起きていないなら、それで十分」という考え方。社内の研修制度も形だけで、将来に向けたスキルや視野が広がるような機会は少ないのが現実です。まわりの先輩たちは「安定してるんだから、ここにいた方がいい」と言います。でも、都会に出た大学時代の友人たちが、新しいことに挑戦して活き活きと働いている姿をSNSなどで見ると、自分だけ取り残されているような焦りを感じてしまいます。社内には希望を出せば異動できる制度もありますが、実際には上司の判断に左右される部分が大きく、動きようがないのが本音です。転職も少しずつ視野に入れたいと思ってはいるものの、自分のスキルで通用するのか、不安が先に立ってしまいます。同じような環境で悩んでいる方は、どんな風に一歩を踏み出したのでしょうか。小さなきっかけでも構わないので、なにかヒントをもらえたら嬉しいです。
<女性・40代後半・看護師>私は看護師として、これまで20年以上、病院の現場で働いてきました。現在は外科病棟に勤務しており、患者さんやご家族と向き合う日々にやりがいを感じてはいますが、最近、体力の衰えを強く実感するようになりました。若い頃は徹夜明けでも平気だったのに、今では夜勤の後は丸一日休んでも疲れが抜けません。腰や膝の痛みも気になり始め、階段の上り下りさえしんどく感じることもあります。患者さんに安心してもらいたいのに、自分のコンディションが万全でないことに、もどかしさを感じるようになってきました。同じ職場には、私と同じように年齢を重ねている同僚もいますが、「あと何年、この働き方が続けられるだろうか」と口にすることも増えました。正直、私も不安です。定年まであと十数年、このまま体力的な限界を感じながら現場に立ち続けることができるのか、自信がありません。訪問看護や高齢者施設、あるいは教育や指導に関わる道もあるとは聞きますが、どこから動き出せばいいのか分からず、気持ちばかりが焦ってしまいます。世の中には現場仕事をしている人も多いと思いますが、そういった方々がどのように次のキャリアを考えているのか。ぜひお話を聞かせていただきたいです。私も、少しずつでも前に進む勇気を持ちたいと思っています。
<男性・30代後半・IT企業(プロジェクトマネージャー)>
大手IT企業でプロジェクトマネージャーをしています。前職ではエンジニアとしても手を動かしながら中規模の開発チームを率いていましたが、キャリアアップを目的に現職へ転職。給与や福利厚生は良くなったものの、業務の大半が管理や調整に移り、プロダクトに対する関与度が薄れました。さらに、最近の全社的な組織再編の影響で、これまで一緒にプロジェクトを動かしていたチームが分断され、エンジニア、デザイナー、営業がそれぞれ別の管轄に再配置されました。以前のように「顔の見える関係」で相談しながらプロジェクトを進めることができなくなり、チャットやタスク管理ツールを介した断片的なやり取りが中心になりました。指示系統も煩雑になり、「自分のチーム」という感覚が薄れてしまっています。自分の役割は確かに“マネジメント”なのですが、チームの熱量や達成感を感じづらくなり、「自分は何のためにここにいるのか」とふと考えてしまう瞬間があります。年収は上がったけれど、心は満たされていない。このままこの道を進んで良いのか、不安です。
<女性・20代前半・アパレル販売員(契約社員)>専門学校卒業後、憧れていた大手アパレルブランドに契約社員として採用され、都内の旗艦店で販売スタッフをしています。販売実績は上位で、お客様のリピートも多く、店長や先輩社員からは「期待してるよ」と言われ続けてきました。でも、3年経っても正社員登用の話はなく、登用制度は形式的なものに感じられます。実際に正社員になれた人は少なく、ほとんどが短期契約を何度も更新して辞めていきました。現場は常に人手不足で、契約社員が責任の重いシフトや新人教育も担っているのが実情です。休日も店舗都合で変更されることが多く、ワークライフバランスは崩れがち。それでも「好きなブランドで働けている」という思いで耐えてきました。最近、同じように頑張っていた同期が別の業界に転職して正社員になったと聞き、焦りと虚しさが募っています。自分だけ置いていかれているような感覚です。この職場にいて未来があるのか、それとも見切りをつけるべきなのか。答えが出ません。
<男性・50代前半・建設会社勤務(現場監督)>建設現場で30年働いてきました。体力にはまだ自信がありますが、定年が少しずつ現実味を帯びてきました。最近、若手の指導をする中で、「このままでいいのか」「他にもできることがあるのでは」と思うようになりました。一方で「このまま定年まで走り切るのが最も安全なのでは」という気持ちもあり、揺れています。50代からでも、キャリアの再スタートは本当に可能なのでしょうか。
<女性・30代後半・自治体職員(一般事務)>地方自治体で働いて15年。ルーティン業務ばかりで、最近は仕事に意味を見出せなくなってきました。福利厚生も安定しているし、周囲には「辞めるなんてもったいない」と言われます。でも、このまま定年まで働く未来が想像できず、転職や起業も頭をよぎります。公務員を辞めて新しいことに挑戦するのは、無謀でしょうか?