今回は番外編として、
ロカデザインラボの会社案内をアップデートしたことについて話しています。
ロカデザインラボは、
人と空間のより良い関係をデザインすることを軸に、
住まいや場のあり方を一緒に考え、かたちにしてきました。
今回の会社案内では、これから大切にしていきたい関わり方を、あらためて言葉として整理しています。
なぜ今、会社案内をつくり直したのか。どんな人と、どんな距離感で仕事をしていきたいのか。
その背景を、ロカラジオらしく話してみました。
会社案内のPDFもあわせて、ぜひ聴いてもらえたら嬉しいです。
会社案内はこちら:
https://drive.google.com/file/d/1Mo_8Z2MfnMDRO09sf-nj7oA9wsYPZBbY/view?usp=drive_link
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ロシア・アヴァンギャルドが目指したのは、
生活そのものを変える建築でした。
「ドム・コムーナ(共同体の家)」は、
家族単位の生活を解体し、
共同生活によって「新しい社会」を育てようとする試み。
この思想は、現代の寮、サービスアパートメント、
あるいは団地やシェアハウスにも系譜が続いています。
建築を“生活のプログラム”として捉える視点を考えます。
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ヒトラーは生涯、
「私は建築家になりたかった」と語っていました。
その欲望が極まったのが、
ベルリンを“世界首都ゲルマニア”へと改造する計画。
50万人を収容する巨大な大ホール、
門の高さが100mを超える凱旋門──
そのスケッチは今も残されています。
建築が、権力の夢をどこまで拡張し得るのか。その危うさと魅力に迫ります。
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ナチス・ドイツの建築は、個人ではなく“群衆”をつくる建築でした。
ニュルンベルク党大会の舞台、ツェッペリン広場。
そして、夜空を照らす巨大な光柱「光の大聖堂」。
映画『意志の勝利』によって、建築はプロパガンダの舞台へと変わっていきます。
群衆が一つの身体になる瞬間──そのための「建築的仕掛け」を紐解きます。
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イタリア・ファシズム建築について。
ムッソリーニ政権が構想した「EUR」は、
ローマ帝国の威光を現代に再演しようとした巨大都市計画でした。
イタリア文明宮殿(スクエア・コロッセオ)に象徴されるように、
アーチ・大理石・プロポーションの美学は、
“古代ローマの精神を現代に呼び戻す”装置でもありました。
未完に終わった万博都市から、思想が都市スケールに流れ込む瞬間を読み解きます。
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シリーズ「思想と建築」第2回。
今回は、イタリア・ファシズム建築の代表的存在、ジュゼッペ・テラーニを取り上げます。
カーサ・デル・ファッショに象徴される、
白い大理石、幾何学の純粋さ、大きなガラス面による“透明性”。
その美しさの背後には、
「国家の純化」や「新しい共同体」への強い信念──
つまり、時代の思想そのものが流れ込んでいました。
建築が「純粋さ」をまとったとき、
それは何を象徴し、何を隠そうとしたのか。
テラーニの建築を通して、
思想がどのようにデザインへ統合されていくのかを紐解いていきます。
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シリーズ「思想と建築」第1回。
建築は、単なる空間のデザインではなく、
その時代に生きる人々の思想や、国家が信じた未来を映し出す鏡のような存在です。
ファシズム建築、社会主義建築、そして戦後日本の建築へ──。
それぞれの時代に、建築家たちは何を信じ、どんな理想を形にしようとしたのか。
この回では、シリーズ全体の入口として、
「思想と建築」というテーマの背景と構想を語っています。
ロカラジオの新シリーズ「思想と建築」がはじまります。
イタリア、ドイツ、ソ連、そして日本──
建築は、それぞれの時代や国家の思想をどのように映してきたのか。
ファシズム建築、社会主義建築、帝国主義日本、そして戦後日本。
全12回にわたって、「建築は思想のかたちである」という視点から、
20世紀のデザインと権力の関係をたどっていきます。
今回のオープニングでは、シリーズ全体の構想や背景、
そして最近の近況トークも交えながら、
これからの旅の入口をゆるやかに語っています。
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ル・コルビュジエが晩年を過ごした、南フランス・カップマルタンの「休暇小屋」。
わずか8畳の空間で、彼は何を考え、何を手放していったのでしょうか。
最終回となる今回は、この小屋に込められた“余白”の思想をめぐりながら、
建築を離れ、ひとりの人間としてのコルビュジエを見つめます。
華やかな都市の構想を描いた巨匠が、最後に選んだのは、
静かで、慎ましく、そして自由な「暮らし」そのものでした。
テレビも電話もない、静かな8畳の小屋。
外の喧騒から切り離されたその空間で、コルビュジエは日々、泳ぎ、書き、考えていました。
“暮らすこと=考えること”という感覚。
身体と空間、そして思考がひとつに整う、小屋の構造について話しています。
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南フランス・カップマルタンの海辺に建つ、ル・コルビュジエの小屋。
そこでは、風や波、鳥の声がそのまま室内に届き、建築が“自然の一部”として置かれています。
毎朝の海水浴という習慣を通して、身体と風景が溶け合うように整っていく──
自然に委ねるという「整い」のかたちについて話しています。
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ル・コルビュジエが晩年を過ごした「8畳ほどの小屋」。
今回はその内部に注目します。
ベッド、書斎、窓──すべてが人の動きに合わせて配置され、彼の提唱した寸法体系「モデュロール」が随所に生かされています。
無理なく手が届き、自然に身体が動くことで、思考まで整っていく。
整った空間とは、見た目の美しさではなく、「ちょうどよさ」が生み出す流れなのかもしれません。
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サウナじゃないのに、毎朝“ととのう”建築。
そんな空間をつくっていたのが、あのコルビュジエでした。
人生の終盤、彼が毎年のように通い詰めていたのは、南フランスの海辺に建てたたった8畳ほどの小屋。
毎朝、目の前の海に飛び込み、自然のなかで身体を目覚めさせてから、執筆や読書に没頭する——
まるで“整える”ためにデザインされたような、暮らしと空間の密度。
シリーズ第1回では、この小屋の構造と、「すべてが手の届く距離にある」空間の魅力についてお話します。
あのル・コルビュジエが、人生の晩年に選んだのは、たった8畳ほどの小屋でした。
南フランス・カップマルタンの海辺にぽつんと建つこの「カバノン」は、寝る・書く・考えるという、彼の暮らしの核を支えていた空間です。
都市や高層ビルを設計してきた巨匠が、最後に自らのためだけに設計した、唯一の建築。
テレビも電話もない。すぐ近くのレストランで食事をとりながら、自然と身体のリズムで暮らし、毎朝、海で泳ぐ——まるで、現代の“整い”を先取りするような日々。
今回は、この小屋の成り立ちや、彼が何を求めてそこに辿り着いたのか?
そして、なぜ“整える”という感覚がこの空間に宿っているのか?を考えてみます。
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シリーズ最終回は、「地元とは何か?」という問いに立ち返ります。
どの場所でも、人は“内と外”を分ける境界に触れながら暮らしています。
その境界は、ときに言葉や文化、距離や風景として現れ、
「ここに属している」という感覚を強めていきます。
特定の地域だけではなく、誰にとっても“地元愛”は場所性や空間性によって育まれるもの。
今回は、その普遍的な感覚についてお話ししました。
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函館の“内側性”をかたちづくる要素のひとつが、「行けない距離」です。
他の街へ出るには遠すぎて、基本的には函館の中で暮らすしかない。
その距離感が、人々の生活リズムや関係性を形づくってきました。
さらに「なした?」のような方言やイントネーションも、その土地の空気や関係を自然に映し出しています。
暮らしのリズムと言葉の積み重ねが、「ここは内側である」という感覚を育てているのかもしれません。
今回は、そんな“内と外”について考えてみました。
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函館の“内側性”を形づくるもののひとつが、「街の輪郭」です。
山と海に囲まれた地形そのものが、視覚的に明確な“境界”をつくっています。
東京のように境界を意識しにくい都市と違い、函館は夜景を思い浮かべるだけで街の輪郭が一目でわかる。
その輪郭は、「ここに属している」という感覚を強める一方で、外から来た移民や旅人にとっては、境界として立ちはだかることもあります。
街の輪郭をめぐる話は、移民問題を考えるきっかけになるかもしれません。
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今回のテーマは、「内側にいる」という感覚について。
エドワード・レルフの『場所の現象学』を手がかりに、函館の人々が共有している“地元への想いの強さ”をどう説明できるのかを考えます。
ずっと言葉にならなかった「地元への違和感」に、少しずつ輪郭が与えられていく──そんな体験をお話ししました。
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こんにちは、「ロカラジオ」の加藤です。
今日から新シリーズ「函館の内側性」がスタートします。
初回は導入編として、僕自身が東京に出てから感じた“違和感”について。
なぜ、自分はこんなにも“地元”を強く意識しているのか。
そして、函館という街が、人にそうした感覚を育てるとしたら、その背景には何があるのか。
小さな問いの芽生えから、このシリーズは始まります。
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こんにちは、ロカラジオの加藤です。
今回は、新シリーズのプレトーク。来週から本編が始まる前に、少しだけ雑談をお届けします。
最近、ChatGPTを“静かな相棒”のように使いながら、
自分の思考や感覚を整えるプロセスに変化が出てきました。
・AIとの対話は、もはや編集者?
・ひとりの内省があるからこそ、道具が生きる
・感覚の“核”を翻訳する創造のかたちとは
これからのクリエイター像に、少しずつ新しい輪郭が見えてきた――
そんな実感を率直に話しています。